映画「木靴の樹」感想

エルマンノ・オルミ監督の「木靴の樹」は、19世紀末の北イタリア、ベルガモの農村を舞台に、大地主の厳しい搾取のもとで貧しい生活を強いられながらも、大地とともに力強く生きる農夫たち4家族の生活を描いた映画です。

1979年に公開されたこの映画は、オルミ監督の代表作であり、世界中で高い評価を受けました。日本でも、1980年に公開され、第1回日本アカデミー賞において最優秀外国作品賞を受賞しています。

この映画の主人公は、貧しいバティスティ一家の息子、ミネクです。ミネクは、村から遠い学校に通うため、新しい木靴が必要になります。父親は、ミネクの木靴を作るため、領主に伐採を禁じられていたポプラの樹を伐り倒してしまいます。このことがきっかけで、バティスティ一家は、地主からの厳しい罰を受けることになります。

映画は、ミネクの視点を通して、農民たちの日常生活が描かれます。農民たちは、厳しい労働と貧しさに苦しみながらも、大地を愛し、自然と共存しながら生きています。

映画の冒頭、ミネクは、村の教会の鐘楼に登って、村の景色を眺めます。ミネクの目に映るのは、広大な畑と、その中に点在する農家です。農家は、それぞれに小さな畑を耕し、家族で協力しながら、生きるために必要な糧をつくっています。

ミネクの父親は、農夫として働きながら、ミネクに学校に通わせるために、必死に働きます。ミネクは、父親の愛情に感謝し、学校で勉強を頑張ります。

しかし、ミネクの木靴をめぐる事件が、バティスティ一家の運命を変えてしまいます。地主は、バティスティ一家に罰として、畑の一部を没収し、家畜を差し押さえてしまいます。

バティスティ一家は、貧しさから抜け出すために、新しい土地を探しに出かけますが、なかなか見つかりません。一家は、飢えと寒さに苦しみ、ミネクの母親は病気で亡くなってしまいます。

ミネクは、父親を助けるために、働きに出ます。ミネクは、農作業だけでなく、工場で働いたり、街頭で物乞いをしたりして、家族を支えます。

しかし、ミネクの努力にもかかわらず、一家の生活は、ますます困窮していきます。ミネクは、父親の死後、家族を連れて、新しい土地を求めて旅に出ます。

映画の最後、ミネクは、家族とともに、新しい土地にたどり着きます。ミネクは、父親の遺志を継ぎ、新たな生活を始めようと決意します。

この映画は、封建的な社会の中で、貧しい農民たちがいかに苦しみ、いかにたくましく生きてきたかを描いた作品です。映画は、農民たちの日常生活を、リアリティをもって描くことで、当時の社会の厳しさを浮き彫りにしています。

また、映画は、ミネクの成長を通して、人間の希望と可能性を描いています。ミネクは、困難な状況にあっても、決して希望を捨てず、懸命に生き抜きます。その姿は、観る者の心に強く訴えかけます。

この映画は、1979年に公開された作品ですが、現代においても、そのメッセージは色褪せることなく、多くの人々に感動を与え続けています。

以下に、この映画の感想を、具体的な場面を挙げて、さらに詳しく述べたいと思います。

  • ミネクの木靴

映画の冒頭、ミネクの木靴が壊れる場面は、映画の重要な転換点となります。ミネクは、村から遠い学校に通うため、新しい木靴が必要になります。しかし、父親は、貧しいため、新しい木靴を買う余裕がありません。そこで、父親は、領主に伐採を禁じられていたポプラの樹を伐り倒し、ミネクの木靴を作ってしまいます。

この場面は、ミネク一家の貧困と、封建的な社会の矛盾を象徴しています。ミネク一家は、貧困のために、本来はできないことをせざるを得ない状況に追い込まれています。また、領主の権力は、農民たちの生活を思うように支配しています。